土佐 国分寺 本堂=国指定重要文化財



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四国八十八ヶ所霊場 土佐の国修行の道場



四国八十八ヶ所霊場第24番・室戸山・最御崎寺・明星院
 空海19歳の時室戸岬を訪れ、御蔵洞と云う海に面した暗い洞窟の中で求聞持の法を徹夜で修行された。そして徹夜が数日間に及んだとき、輝いていた明星が飛来して口中にに入りこみしことより、この地が仏法に悉地であると感得された。


四国八十八ヶ所霊場第25番・宝珠山・津照寺・真言院
  俗称を津寺と云い、大同二年(807)弘法大師が開基した寺。
 空海、不慮の災難に遭う漁民を救い、さらに航海の安全と豊漁を願って高さ1m程の延命地蔵菩薩を刻んで本尊とし、伽藍を建立したのが始まりである。


四国八十八ヶ所霊場第26番・龍頭山・金剛頂寺・光明院
 大同二年(807)勅願により空海が開基した寺であり、俗に西寺といって24番の東寺と並称され、女人禁制の霊地であった。
 本尊は、空海の作。薬師如来坐像であり、完成すると自ら本堂の扉を開けて本仏鎮座したと伝えられている。


四国八十八ヶ所霊場第27番・竹林山・神峯寺・地蔵院
 初めは、天照大神その他諸神を祀った神社として創建された。(現在もお寺の4〜50m上方に神峯神社として鎮座している。)
 来錫した行基菩薩が一尺二寸の十一面観世音菩薩坐像を刻み、この仏像を本尊として安置。


四国八十八ヶ所霊場第28番・法界山・大日寺・高照院
 行基菩薩が開基したお寺であり、四尺五寸の本尊、大日如来も行基の作。
 その後、空海が来錫して中興し、本尊のご縁日の二十八日に因んで、第二十八番札所とされた。


四国八十八ヶ所霊場第28番・法界山・大日寺・高照院・奥之院
空海が楠の大木に薬師如来を爪で彫られたという霊木は「爪彫り薬師」して名高く、首から上の病気に霊験があるといわれており、ご利益があると自然に穴の空いた石を奉納する習いになっている。


四国八十八ヶ所霊場第29番・摩尼山・国分寺・宝蔵院
 天平11年(739)聖武天皇の勅願により行基菩薩が開基した寺であり、また、本尊の千手観世音菩薩をはじめ、脇士の不動明王、毘沙門天とも行基の作


四国八十八ヶ所霊場第30番・度々山・善楽寺・東明院
高知県高知市一宮にあるお寺で真言宗豊山派で本尊は阿弥陀如来 開基は弘法大師
 初め、土佐一の宮の別当寺に、善楽寺と神宮寺があったが、明治初年の神仏分離令によって両寺とも廃された。

四国八十八ヶ所霊場第30番奥の院・妙色山・安楽寺
 明治九年、神仏分離令により、土佐一の宮の本地仏であった阿弥陀如来像を当寺に遷座し、四国第三十番札所として公許され、現在に至っている。
しかし、三十番を名乗る寺が二つある。その不自然さを解消するため双方が話し合い、四国第三十番は善楽寺に、そして安楽寺は三十番の奥の院ということになった。


四国八十八ヶ所霊場第31番・五台山・竹林寺・金色院
 唐の国の五台山に登って文殊菩薩を拝し、三解脱の法門を授けられたという霊夢を見られた聖武天皇は、行基菩薩に対して唐の五台山に似た霊地あらば伽藍を建立せよと勅命した。


四国八十八ヶ所霊場第32番・八葉山・禅師峯寺・求聞持院
高知県南国市十市にあるお寺で真言宗豊山派で本尊は十一面観世音菩薩(伝弘法大師作) 開基は行基菩薩 当山の山容が、八葉白蓮に似、境内は蓮台に似ているところから山号を八葉山と称し、大同二年(807)空海がこの山で求聞持の法を修された事に因んで、求聞持院と号した。


四国八十八ヶ所霊場第33番・高福山・雪渓寺
高知県高知市長浜にあるお寺で臨済宗妙心寺派で本尊は薬師如来 開基は弘法大師 延歴年間、空海が開基した時は、少林山・高福寺と号して真言宗であった。その頃のものとして、空海自作の御座大師像が現存している。


四国八十八ヶ所霊場第34番・本尾山・種間寺・朱雀院
 用明天皇の御代の事である。百済の国の皇子の推挙により仏師、工匠達が我国を訪れ、それぞれの職務を果たしたのち、大坂の四天王寺の落成を期に帰国の途についた。
 帰国の途中、暴風雨に襲われて寄港したのが当山の近くの「秋山の港」であった。


四国八十八ヶ所霊場第35番・医王山・清滝寺・鏡池院
 養老七年(723)巡錫中の行基菩薩が此の地に霊気を感じ、薬師如来を刻んで本尊とし景山密院・釈本寺と名付け開基したのが始めである。


四国八十八ヶ所霊場第36番・独鈷山・青龍寺・伊舎那院
唐の国へ真言密教の修行に行かれた空海は、彼の地の「恵果和上」から真言の秘法を伝授された。空海は、和上の恩に報いいるため和国に一寺を建立せんと誓願し有縁の地を求めて唐より独鈷杵を投げられた。杵は宙高く舞い上がり、紫雲に包まれて東方へ飛翔した。


四国八十八ヶ所霊場第36番・独鈷山・青龍寺・伊舎那院・奥之院、独鈷山不動堂
空海は、延暦二十三年唐に渡り、長安の青龍寺で恵果和尚より真言密教の奥義を授けられ、真言八祖となられた。
 帰国に当たり恩師報恩の為一宇を建立したし、最勝の地に留まれと独鈷杵を日本に向かって投げられた。・・・


四国八十八ヶ所霊場第37番・藤井山・岩本寺・五智院
 天平年間、聖武天皇の勅願を奉じた行基菩薩が、七難即滅、七福即生を祈念して仁井田に天の七星を象取って七ヶ寺を建立し、その根本寺として福円満寺と名付けた。


四国八十八ヶ所霊場第38番・蹉だ山・金剛福寺・補陀落院
 天平年間、聖武天皇の勅願を奉じた行基菩薩が、七難即滅、七福即生を祈念して仁井田に天の七星を象取って七ヶ寺を建立し、その根本寺として福円満寺と名付けた。


四国八十八ヶ所霊場第39番・赤亀山・延光寺・寺山院
高知県宿毛市平田にあるお寺で真言宗智山派で本尊は薬師如来(伝行基菩薩) 開基は行基菩薩
 神亀元年(724)聖武天皇の勅願により行基菩薩が薬師如来を刻んで本尊とし一寺を開創したのが始まりであり、その時山号を薬師の瑞相に因んで亀鶴山と称し、院号は施薬院、寺号を宝光寺と名付けた。